社会課題を伝えるグラフをアートで表現するchart projectを進める上で心がけてきた、環境への配慮。子ども向けワークショップで環境固形マーカー「キットパス」を愛用していたご縁から、日本理化学工業という素晴らしい企業と出会いました。2019年夏には、「キットパス」のイベントに、chart projectがワークショップブースを出展し、念願のコラボレーションが実現。日本理化学工業の大山社長に、環境に配慮したモノづくりや60年続ける障がい者雇用への想いを伺い、地球にやさしく、人にやさしい企業のありかたについて考えました。
大山 隆久 さん
日本理化学工業株式会社 代表取締役社長3年間広告製作会社に勤務し、その後アメリカの大学院へ組織論を学ぶために留学。 卒業後、1993年日本理化学工業株式会社に入社。2008年4代目社長に就任。 日本理化学工業株式会社は1937年創業のチョーク製造会社で、粉の出にくい「ダストレスチョーク」でチョークのトップシェアを誇る一方、1960年から知的障害者の雇用を開始。現在、社員88名のうち知的障がい者が64名、そのうち重度知的障がい者が28名と、障害者雇用率は70%に達する。 受賞:2009年「キットパス」日本文具大賞機能部門ランプリ/2010年第9回バリアフリーユニバーサルデザイン推進功労者 内閣総理大臣表彰(最高賞)/2011年「ダストレスチョーク」文部科学大臣発明奨励賞・実施奨励賞
作品の素材にはエコプロダクトを使用するchart project
愛用していた「キットパス」がつないでくれたご縁
chart project担当 さとうりえこ(以下、さとう): 日本理化学工業さんと一緒にお取り組みをさせていただくようになったのは、「キットパス」がきっかけでしたね。
chart projectは、2017年の始動以来、作品を制作・展示する以外にも、子どもたち向けにワークショップを行ってきました。もともと、メンバーに環境固形マーカーである「キットパス」を知っている者がいて、ワークショップで使用したのですが、環境に配慮している点はもちろん、子どもでも安心して使えるその魅力の虜に。
オフィスでも、「キットパス」や、ホタテの貝殻をリサイクルしてできた「ダストレスチョーク」を愛用しています。
日本理化学工業株式会社 代表取締役社長 大山隆久さん(以下、大山さん)
以前からご愛用くださっていたのですね。それはありがとうございます。
さとう: 環境保全など社会課題をアートで表現するchart projectとしては、作品に描く内容だけではなく、使用する材料もできる限り、環境に配慮されたものを採用しています。たとえば、画材にはバナナペーパー、配布するパンフレットには環境に配慮した紙やインク、作品の額は廃材から作られた額を使用するというように。
そんな中、chart projectでノベルティのステッカーシールを作ろうということになり、フェアトレード認証の紙であるバナナペーパーでシールを製作する、シール堂印刷のご担当者の方と出会い、chart projectについてお話したところ、その方が大山さんとお知り合いで、ぜひ紹介したいとつなげてくださったのですよね。
その後、大山さんと初めてお会いすることができました。日本理化学工業で、環境に配慮した製品を作るようになった経緯を改めて教えていただけますか?
大山さん: 主力商品の「ダストレスチョーク」は、北海道のホタテの貝殻を再生活用した、地球にやさしいエコロジーチョークです。水産業が盛んな北海道では、年間で約20万トン廃棄されるホタテの貝殻の処理が長年の課題だったそうです。約15〜16年前、北海道の自治体から「ホタテの貝殻は炭酸カルシウムなので、チョークとして製品化できないか?」という打診があり、現地に赴きました。私自身、廃棄されたホタテの貝殻の山を最初に見たときは、臭いもあるし、不純物も入っているし、とうていチョークに使える原料ではないという印象を受けました。
その後、北海道庁から試験機関を紹介していただき、リサイクルするための技術を研究した結果、世界で初めてホタテの貝殻を微粉末にしてチョークに配合した「ダストレスチョーク」が誕生したのです
さとう: 環境への取り組みにまつわる数々の賞を受賞されている「ダストレスチョーク」は、人体にも安心ですよね。
大山さん: 主原料となる炭酸カルシウムは、歯磨き粉などにも使われていますし、コーティング加工しているので手を汚しません。また、粒子が重いため、粉末が飛び散らず、着衣や室内を汚すこともありません。何より、なめらかな書き味で、かすれのない鮮明な文字が書けます。
予算が限られている学校にとっては、購入しやすい価格設定や品質をクリアしたうえで、環境にやさしいことが望ましい。開発当時は、環境配慮製品の表示である「エコマーク」の取得を目指しており、再生材を60パーセント以上配合すると取得できたのですが、チョークにホタテ貝殻をリサイクルした炭酸カルシウムを60パーセント以上配合したところ、高価格なうえ、硬くて使いづらいチョークになってしまいました。
そこで、すべての製品に配合することを前提に、単価を抑えながら品質に適切な配合率を探り、約10パーセントの配合にしたところ、自信をもって世に送り出せるチョークになったのです。「エコマーク」は取得できませんでしたが、その後、環境省から「ダストレスチョーク」についてヒヤリングされ、開発背景を説明したところ、「グリーン購入法適合商品」として認定していただけることになりました。
さとう: 環境に配慮した製品を作るという方針は、いつ頃から進めていたのですか?
大山さん: 1990年代以降、グローバルな規模で環境保全の意識が浸透してきて、我々も自ずと、環境に対してできる取り組みをもっと考えようという姿勢になったのではないかと思います。微々たることしかできないかもしれないけれど、ひとりひとりの力が積み重なり、結果を生み出すのではないでしょうか。
個人の能力を最大限に生かす障がい者雇用の取り組み
社会課題を伝える者として胸に刻みたい諦めない姿勢
さとう: まさに、「地球にやさしい」製品開発ですね。
日本理化学工業さんは、「人にやさしい」雇用制度についても熱心に取り組まれています。障がい者雇用を始められた経緯について、教えていただけますか?
大山さん: はい。障がい者雇用は、1960年から始め、私は生まれる前ですので聞いた話になりますが、前会長である私の父が採用の窓口を務めていた時代のことです。前年の秋、日本理化学工業の近くにある養護学校の先生が、2人の知的障がいのある生徒たちの就職を依頼しようとおいでになりました。
当時は現在よりも知的障がい者に関する情報がなく、雇用には大きな責任が伴い、生徒たちの人生や会社の今後もかかっているため、父は「戦力になれるかわからない人材を責任もって雇用することはできない」と、1度目と2度目はお断りしました。
ただ、3度目に先生が来られたとき、「就職はお願いしません。ただ、数日だけでもいいから、働くという経験をさせてあげてほしい」とおっしゃったそうです。東京で就職ができないと、親元を離れて地方の障がい者施設に入所することになり、さらに働くという経験をせずに一生涯を終えてしまうこともありうるから、と。
さすがに父も考えて、「2週間、労働実習をするだけなら引き受けましょう」ということになりました。箱にシールを貼る単純作業をお願いしたところ、生徒たちは毎日一生懸命頑張ってくれたそうです。実習が終わるとき、2人の姿を見ていた社員たちが父のもとに来て、「こんなに頑張っている。この子たちにできないことがあったら、私たちが面倒を見るから雇ってあげてほしい」と、直訴しました。
父もそのような展開になるとは予想していなかったけれど、その熱意に押されて採用を決めたそうです。それ以降、障がい者雇用は60年続いています。
さとう: 工場の生産ラインでは、知的障がい者の方々がそれぞれの能力を引き出せるように作業工程を工夫されているそうですが、具体的に教えていただけますか?
大山さん: 話が理解できる相手なら言葉で説明し、難しい場合は色を使って指示するなど、ひとりひとりの理解力に合わせて教えることを重視しています。
たとえば、材料を計量するとき、材料名と分量を伝えて量ってもらうおうとしても、名称や数字を理解できない者もいます。ただ、彼らも通勤中の信号機の色はわかる。そこで、色を目印にしたサポート器具を開発して量り方を覚えてもらったところ、見事に成功したのです。
「よくできたね」と褒めたら、その社員は「もっと量っていいですか?」と言いました。その言葉の意味は、「僕はできる。もっと褒めてください」ということだったのでしょう。
工場での作業というのは、マニュアルがあり、工程が決まっている中に人員を配置することが一般的ですが、我々はこの経験を通して、逆の発想をするようになりました。「仕事に人を合わせる」のではなく、「人に仕事を合わせる」ことができれば、自分たちらしいモノづくりができるのではないかと思います。
さとう: ひとりひとりの能力を最大限に引き出す素晴らしい工夫ですね。
大山さん: 働きやすい工夫をすることは確かに必要だけれど、生産現場を支えてくれているのは、プロの職人である彼らです。この現場こそが日本理化学工業の宝であるし、障がい者雇用をずっと続けていける会社でなければならないと思います。
前会長によく言われたのは、「知的障がい者に作業を教えてそれができなかったら、教えた側の努力がたりない」ということでした。「絶対に相手の能力のせいにするな」という厳しい教えです。失敗したら、違うアプローチを試みたり、周りに相談したりして、突破口を見出す。教える側の社員は皆、そのような経験を重ねてきたのではないでしょうか。
でも、我々は、彼らができると信じているから教えるのです。最初はスムーズにコミュニケーションがとれなくても、とにかく伝え続けることが、いちばん大事だと思いますね。
我々のように長く障がい者雇用を続けている企業と、そうではない企業の違いは、諦めないか、諦めてしまうか、その1点だけだと思います。我々は長くやっているから、諦めずに一歩を踏み出せばいいとわかっているだけ。その気持ちに尽きるのではないでしょうか。
さとう: 現在、chart projectは、石川県小松市とともに、作品を制作する取り組みをしているのですが、たまたま日本理化学工業さんの話をしたところ、市役所のご担当者の方が福祉課にいらしたそうで、「障がい者雇用に力を入れている有名な会社ですよね。ファンなんです!」と、盛り上がりました。日本理化学工業さんの製品は日頃から愛用していましたが、障がい者雇用について伺い、改めて感銘を受けました。
「キットパス」イベントで念願のコラボレーションが実現
参加者でひとつの作品をつくる新たなトライも
さとう: そして、日本理化学工業さんとchart projectで何か一緒に取り組みができればと願っていた中、2019年夏、大山さんからお声がけいただき、「キットパス」のイベント「夏休みワークショップまつり 2019」に出展することに。
初開催から3回目を迎え、地域に根ざしたこのイベントでは、キットパスアートインストラクターの方々が、「キットパス」を水で溶かして絵の具のように使ったり、霧吹きに入れて吹きつけて作品を制作したりと、さまざまな表現方法を紹介されていて、とても参考になりました。
chart projectでは、これまでワークショップでの画材として「キットパス」を使っていたのですが、今後はぜひchartistの方々にも「キットパス」を使って作品を作ってほしいと思い、ご紹介しています。
イベントでは、大山さんがサプライズで会場にお越しくださったことも、とてもうれしかったです!
大山さんは、chart projectのブースをご覧になってどのように感じられましたか?
大山さん: 社会課題を表すチャートをアートのベースにするという発想に驚きました。一般的な絵画作品のように、真っ白なキャンバスに自由に絵を描いても、出来上がりの満足感はもちろんあると思いますが、chart projectの作品の場合は、想像力をもって絵を創りにいく。chartistにとって、また違った創作の喜びを感じられるのではないでしょうか。
そのような取り組みに、「キットパス」を使っていただけるというのは、うれしい限りです。さとうさんがおっしゃったように、「キットパス」ならではの表現方法が加わると、さらにいいかもしれないですね。
さとう: ありがとうございます。ぜひ実現したいです。
今回、chart project初の取り組みとして、イベントに参加された方々でひとつの作品を作ろうと、「キットパス」を使ってそれぞれの手形を押してもらいました。赤ちゃん連れの方も多く、赤ちゃんが「キットパス」を口に入れてしまうような動きを見せても、なめても安心な素材で作られているから安心して使っていただけました。
chart projectは、今後も各地でのワークショップの開催を予定していますので、さらに「キットパス」の魅力も伝えていきたいと思っています。
大山さん: ありがとうございます。ぜひたくさん使ってくださいね。
- 撮影:堀篭 宏幸 編集:よしだあきこ