株式会社たき工房は、新聞・雑誌・ポスターなどの広告制作から企業・商品ブランディングの企画立案まで、幅広く“人の思いをカタチにする”提案を行うデザインエージェンシーです。2018年3月、たき工房のクリエイティブディレクター・藤井賢二さんより、 chart projectにお声がけいただき、アート&音楽イベント「MISIAの里山ミュージアム2018」へ作品を展示することになりました。chart projectの参加を決めた理由、また、藤井さんご自身がchart projectの作品を制作するアーティスト(chartist)として作品に込めた想いを伺いました。
藤井 賢二
株式会社たき工房 クリエイティブディレクター多岐に渡る商品やファッション広告のアートディレクションを経験し、自社ブランドデザイン室でも登壇を行うなど企業ブランド戦略にも参画。同社の社会貢献活動「TAKI Smile Design Labo」の中心メンバーとして、社会課題に寄り添うプロダクトデザインを数多く発表。 Milan Design Week TOKYO AWARD 2020/K-DESIGN AWARD 2019 winner/ASIA DESIGN PRIZE 2019 Finalist
chart projectは、クリエイターにとって創作の力で社会貢献できる
魅力的なプロジェクト
chart project担当 こくぼひろし(以下、こくぼ):「MISIAの里山ミュージアム2018」では、chart projectにお声がけいただき、改めてありがとうございました。
藤井さんとは、私の前職時代からのお付き合いですが、chart projectについては、2016年の立ち上げ段階、まだクラウドファンディングすらスタートしていなかった頃にお会いして、構想だけお伝えしたんですよね。最初にお聞きになったときの印象はいかがでしたか?
株式会社たき工房 クリエイティブディレクター 藤井賢二さん(以下、藤井さん): はい。そのときは、口頭だけではなくて、企画書もいただきました。それを読んで、chart projectの仕組みがよくわかり、直感的にいいプロジェクトだなという印象を受けましたね。いつか何らかの形で関わりたいという想いをずっと温めていたんです。
こくぼ:chart project立ち上げ当初から関心をおもちいただき、とてもうれしく思います。
藤井さんは、たき工房のデザイナーとして、また個人クリエイターとして、社会課題を訴求するようなお仕事や活動を既に数多くされています。そのような取り組みを始められたきっかけについて、教えていただけますか?
藤井さん:最初は、広告会社のデザイナーとしてキャリアがスタートし、30代頃からは大規模で面白い企業広告なども手がけられるようになってきました。
そんな中、徐々に欲が出てきたというか、「自分らしいものもつくってみたい」と思うように。そこで、学生の頃からイラストを描くのが好きだったこともあり、仕事とは関係なく自分の作品としてイラストを描き、仲間と一緒に個展を開いて発表し始めたんです。
ただ、いざ自由に活動し始めたら、やはり作品をつくる目的が欲しくなったんですよね。それは、同世代の仲間も同じように感じていて、何かお題というか、課題について作品で表現して解決方法を見出す、ということをしたくなったんです。
ちょうどそんな頃、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)とお仕事をさせていただく機会があり、環境問題についてデザインで表現してメッセージを発信したのですが、とてもやりがいを感じたんです。それを機に、社会課題についての意識が高まりましたね。
こくぼ:藤井さんは、たき工房の中の社会貢献活動である「TAKI SMILE DESIGN LABO(以下、スマイルデザインラボ)」の中心メンバーとしても活動されていますよね。スマイルデザインラボは、どのように始まったのですか?
藤井さん:スマイルデザインラボは、「クリエイターは、仕事以外の場でも社会と接点をもち、自己表現をした方がいいのではないか」という、前社長の想いから始まりました。
当時、前社長と親交があった、音楽とアートを通じて社会貢献活動をする一般社団法人mudef(以下、mudef)から「何か一緒にやりませんか?」と誘われたのを機に、2013年頃、CSR活動としてチームを立ち上げ、希望者が集まったというのが経緯です。
こくぼ:それから現在に至るまで、アフリカを始め、国内外でさまざまなワークショップを開催するなど、自主的に活動を続けてこられたのですね。
私が、chart projectの構想をお話したときもちょうど、藤井さんはスマイルラボの活動を終えてアフリカから帰国した直後でした。
その後、どのような形でchart projectに関わってもらうべきか考えていたところ、逆に藤井さんの方からスマイルラボとchart projectが協働する形で、「MISIAの里山ミュージアム2018」への参加を打診いただき、感激したのを覚えています。
環境問題の現場である森に作品を野外展示。
「森からのメッセージ」として社会課題を伝える
こくぼ:2016年から毎年開催されている「MISIAの里山ミュージアム」では、さまざまなプログラムが実施されていますが、なぜchart projectにお声がけいただいたのですか?
藤井さん:「MISIAの里山ミュージアム」は、国連が定める「国際生物多様性の日」をテーマに、自然の中でアートを楽しみながら、森の豊かさや生物多様性の大切さを感じるイベントです。先ほどお話した、mudefが、石川県河北郡にある広大な森林公園を拠点に進める生物多様性の保全活動「MISIAの森プロジェクト」の一環として行われ、MISIAという名称は、同法人の理事を務め、社会貢献活動に積極的な歌手のMISIAさんの名前に由来しています。
「MISIAの里山ミュージアム2018」にスマイルラボとして参加することが決まり、僕としては、「そのようなイベントで作品を展示するからには、やはり“生物多様性”について考えるきっかけになるようなものをつくらなければいけない」という想いがありました。そんなとき、chart projectのことを思い出したんです。社会課題をアートで伝える手法なら、環境というテーマについて、難しい話が理解できない子どもたちやそもそも関心が薄い大人に対しても伝わりやすいのではないかと考え、お誘いしました。
こくぼ:chart projectにとっても、「MISIAの里山ミュージアム2018」への参加はとても有意義なものとなり、お誘いいただき、本当にありがとうございました。
イベントでは、藤井さんにchartistとして、環境にまつわるグラフをもとに、5作品を制作していただきました。
作品を制作するにあたり、重視した点を教えていただけますか?
藤井さん:まず、chart projectが大切にしている、“テーマとなる社会課題について、最初に多くを伝えない”という点を意識しましたね。
今回は、作品の展示会場が森林公園ということもあり、“森の中に現れた気になる標識”のイメージで制作することに。各作品を点在させて設置し、参加者が散策を楽しむ中で自ら見つけてもらう設計にしました。
さらに、ワークショップの場も設け、参加者自身も作品づくりを体験しながら理想の未来について想像することで、グラフやその背景が示す社会課題について関心をもってもらうことを目指しました。
こくぼ:私自身、chart projectは、最初にコンセプトや作品意図について説明せず、参加者自身に自ら気づき考えてもらうことで、結果的に伝えたかったメッセージを届けられるのではないかと考えて始めました。
今回、藤井さんの作品を観たときに、「まさにこれがやりたかったんだ!」とうれしくなりましたね。参加者自身が「この作品は何を描いているのだろう?」と考えながら眺め、自ら作品づくりをすることで、メッセージを理解できる−−これは最初からメッセージを説明するよりも、強いインパクトを与えるアート体験だと思います。
制作を進めていく上で、苦労した点はありましたか?
藤井さん:実は、当初は簡単にできそうな気がしていました。森という特殊な展示場所によってアドバンテージがもたらされると思い、作品自体はいたってシンプルにまとめ、棒グラフや折れ線グラフをあしらうつもりでした。
ただ、制作を進めるにつれ、「それぞれのグラフが示す内容やその背景をしっかり理解して、伝えたい社会課題がきちんと表現できているのか?」という自問自答を繰り返し、試行錯誤を重ねたので、結果的に大変でしたね。
こくぼ:緑一面の森の中に白と黒で描かれた作品がポンと浮かぶ様子は、一見、不思議な光景に感じられますが、あえてその存在感が際立つようにトータルデザインしていただいたことがわかりました。
そのように産みの苦しみを経てアウトプットされた作品はもちろん、chartistや参加者自身が社会課題に向き合うプロセスこそが、chart projectがもたらす価値なのだと、我々も改めて認識したように感じます。
「森からのメッセージ」の作品は、これまで、東京や大阪などで開催した展覧会にも出品し、訪れた方々の目を惹きつけていました。特に、スウェーデンでは、日本の書道や水墨画を彷彿させるような、白と黒の線で描かれた世界観が人気だったそうです。
藤井さん:それは、とてもうれしいエピソードですね。
こくぼ:「MISIAの里山ミュージアム2018」では、参加者の方々の反応はいかがでしたか?
藤井さん:大人たちは予想以上に興味をもってくださり、作品意図を尋ねられたのも印象的でした。子どもたちに関しては、ワークショップを楽しんでくれる子がいる反面、自由に絵を描くことに苦手意識がある子もいましたね。大人でも、未来を想像して描くのは意外と難しかったりします。
chart projectは、もっと多様な表現をしてもいいのかなと感じましたね。
こくぼ:確かに、これまでのグラフ線をもとに絵を描く表現方法の限界というか、ワークショップに参加したお子さんが低年齢だと、そもそもグラフ自体がわからず落書きになってしまうこともありました。
しかし、その後、藤井さんは新たな作品「SAND GRAPH」によって、器を使うことで、低年齢のお子さんでも立体的な砂のグラフを簡単につくれる仕掛けを生み出してくださいましたね。私も実際に体験して、chart projectの可能性が広がるのを感じられました。
時代の変化に伴い進化するchart project
既成概念にとらわれず作品をつくり続けたい
こくぼ:chart project開始以来、既に数作品を手がけられている藤井さんにとって、chart projectに関わる意義を教えていただけますか?
藤井さん:chart projectの強みは、まず“社会課題をアートで伝える”というテーマがあり、一定のルールが設けられていることだと思いますね。
chartistは社会課題を表すグラフの線を活かしてアート作品をつくる。観る人は純粋にアートを楽しんだ後、作品の中に隠されたグラフを知ることで、その背景にある社会課題について考える。難しく捉えがちな社会課題というトピックスについて、ある意味、ゲームのような感覚で関わることができるのが醍醐味だと思います。
さらに、これは僕自身を含め、クリエイターに多いと思うのですが、創作意欲はあるけれど、完成した作品を人の目に触れる場を設けることが実は苦手だったりします。もちろん必要性は理解できるのですが、それなりの労力を要するため、作品を制作したのはいいものの、未発表のままという事態になりがち。
だからこそ、chart projectという、ひとつのプラットホームで作品を集め、こくぼさんを始めとしたプロジェクトメンバーの皆さんが各地で展覧会を開催してくださることにとても感謝しています。
今後はもっとたくさんの方々にchart projectに参加してもらいたいですね。僕よりも有名なクリエイターとか、アーティストとか、何ならアートにまったく興味がない人にも、この取り組みを知ってほしいと思います。
こくぼ:ありがとうございます。我々としてもchart projectに関わってくださったchartistの皆さんのために最大限できること−―お預かりした作品をさらに広く伝えるためにはどうすべきかを考え続けたいと思います。
これまで藤井さんに制作していただいた作品のもととなった、社会課題を表すグラフの内容も地球環境や社会情勢によって変わってくると考えます。その変化もまた作品で表現していただけると、面白いのではないでしょうか。
藤井さん:そうですね。今は、その気になれば、お金も時間もかけずにいろいろなものをつくりだせる時代だと感じています。chart projectでも、これまでのようにただ絵を描くだけではなくて、たとえば記憶に残る仕組みをつくるようなことも必要になってくるかもしれません。
既成概念や過去の自分にとらわれず、毎回、届けたいメッセージや作品の表現について改めて向き合い、誰もが楽しめるものとしてカタチにしていきたいと思っています。
こくぼ:2021年に向けて新たなプロジェクトも進行しており、メンバー一同、これからも藤井さんとのコラボレーションを楽しみにしています。
撮影:堀篭 宏幸 編集:よしだ あきこ