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ABOUT ART
2019年度に日本遺産に認定された珠洲市の“キリコ祭り”。珠洲市観光入込客数のグラフを見て、初めてこのお祭りに参加した時、キリコ(大灯篭)の大きさ、華やかさ、そして迫力に圧倒されたことを思い出しました。多くの観光客を惹きつける珠洲市のキリコ祭りは、長年かけてこの地の人々がつくり上げてきた“文化”そのものだと思います。人々がこれからも文化を守っていく社会を期待し、珠洲市における観光入込客数のグラフを、祭りを支える人たちに重ね合わせました。(日下部 亜季)
ABOUT GRAPH
珠洲市の観光入込客数
珠洲市の観光地点を訪れた観光客(宿泊、日帰りとも含む)の推移。2015年北陸新幹線金沢開業を機に、観光客数が増加しています。2015年137万人、2018年106万人と100万人を超える高水準 となっています。 | 出典:珠洲市観光客入込調査(2019) | グラフ提供:珠洲市
日下部 亜季
金沢美術工芸大学 視覚デザイン専攻(作品制作当時)しかけ絵本や知育玩具など、イラストレーションとギミックを掛け合わせた作品をメインに制作。カラーインクを使った鮮やかでカラフルなイラストレーションや紙で版をつくる紙版画など様々な技法で表現する。作品を制作するだけでなく、子ども向けのワークショップを開催するなど、作品で多くの人と繋がることを大切に活動中。
| 受賞歴・展示歴:ASPac award 2018 佳作/第4回医美同源デザインコンペティション優秀賞/Cross ArtTech Conference 2019(展示・ワークショップ)/2020 年 8 月個展@高木麹商店
Instagram:@beniko1726
MAKING STORY
「SDGs未来都市」珠洲市の課題を美大生がchartに
2019年5月より石川県内の各地域で展開している「chart project® for SDGs in ISHIKAWA」。小松市に続き本プロジェクトに参加したのが、石川県北東部、能登半島の最先端に位置する珠洲(すず)市だ。自然資源と人的資本、社会文化資本を活用した持続可能な地域をめざす同市は、2019年6月から内閣府の「SDGs未来都市」に選定されており、2030年SDGs達成に向けた取り組みを進めている。2017年に開催した「奥能登国際芸術祭」を通じて、アートによる地域力の再発見・発信を経験している地域でもあり、chart project for SDGs in ISHIKAWA に積極的に名乗りを上げた。
今回chart projectの作品を制作するアーティストとして、珠洲市が希望したのは、連携協定を結ぶ金沢美術工芸大学の学生だった。珠洲市は、SDGsの達成目標として若年層増加や人材育成を掲げており、本プロジェクトの作品制作過程そのものが、こうしたSDGs達成に向けた一歩となった。
珠洲市職員が金沢美術工芸大学を訪れ、地域の課題を共有
1月下旬、珠洲市企画財政課職員の金田直之さんと西靖典さんが、珠洲市と連携協定を結ぶ金沢美術工芸大学を訪問。寺井剛敏教授と視覚デザイン専攻の3名の学生に向けて、珠洲市の歴史風土や、現在抱えている社会課題とその背景について説明会を行った。今回chart project for SDGs in ISHIKAWAとして表現するのは、「環境」「社会」「経済」の3つの社会課題に関するグラフ。学生1人につき、それぞれ1つの課題を担当し作品を制作する。プロではなくあえて学生に依頼することで、プロジェクトの制作過程そのものが、関係人口の増加や人材育成にもつながることとなった。
描きたかったのは祭りをつないできた人々の姿
珠洲市職員の訪問後、学生たちが話し合った結果、日下部さんが選んだのが「経済」分野、珠洲市の観光入込客数を表すグラフだった。
「珠洲市に人がやってくる時、経済に直接的に影響をもたらすのが観光業。じゃあ観光って何かと考えていくと、その土地の個性を見せるということなんじゃないかと。土地の個性に惹かれて、他の地域からお客さんがやってくるということだと思うんです。じゃあ、珠洲市の土地の個性って? すぐに思い至ったのがキリコ祭りでした。同じ能登半島の輪島市のキリコ祭りは一度だけ見たことがあり、その時感じた熱量や迫力が強く印象に残っていて。人って、こんなに熱くなれるんだ、って。私の出身の滋賀県では、あんなお祭りってあまりない。他の土地の人が魅力を感じる、珠洲市の個性だと思いました」(日下部さん)
「キリコ祭り」は、珠洲市をはじめ、能登半島各地で行われている伝統の祭りだ。日本遺産にも登録されている。「切籠(キリコ)」と呼ばれる直方体の巨大な灯篭を担ぎ出し、町を練り歩く。なかでも珠洲市内に残る5つのキリコ祭りは、キリコの大きさや華やかさ、担ぎ手のきらびやかな衣装、若衆による狂言などそれぞれに特徴があり、観光客にも人気が高い。
「キリコ祭りとひとことで言っても、能登半島各地、珠洲市内各地でもいろいろなキリコ祭りがあります。そのひとつひとつが、そこに住まう土地の人たちがずっとつないできたもの。だから、キリコだけを描くのではなく、キリコと祭りをずっと支えてきた"人"に焦点をあてた作品にしたいと思いました。
グラフが訴える課題としては、北陸新幹線開通によって観光客が増え、その後また少し落ち込んできているということなんですが、私は、そういった一過性の人が多いとか少ないとかいうことではなくて、お祭りをつないできた地域の人たちこそが大事で、大事にしていきたい。そんな思いを込めました」(日下部さん)
自分の線を大切にしながら、グラフを表現する
制作にあたり、日下部さんがとくに気を配ったことは、「直接的なグラフの線を描かずに表現する」ということだった。
「絵やイラストレーションにおいて、自分の線というのはとても大事なもの。今回はグラフの線を使って絵を描くというプロジェクトではありますが、グラフの直線そのものを描いてしまうと、違和感が生まれて私らしい作品にならないのでは、と。自然な形で取り入れるために、遠近感のある構図を意識しました」と日下部さん。キリコを見上げる観客の目線でシーンを切り取り、色の濃淡や明暗によって、遠近感とグラフの双方を表現。祭りの熱気を伝える、臨場感ある作品となった。
「まず原画を描いてからパソコンに取り込んで、最終的に色を調整していきました。手で描いたときは直感的に描きすぎてコントロールてきなかったと感じたので」と日下部さん。chart projectの作品は、持続可能性を追求した環境配慮紙「バナナペーパー」に印刷される。手漉き和紙のようなクラフト感が強い紙のため、仕上がりを予想して、データ上はやや明るめの色味にするといった調整も加えた。
「作り終わって今思うのは、これって、見る人よりも作る人のほうに影響を与えるプロジェクトなんじゃないかな、ということ。作るにあたり、グラフの背景にある珠洲市の状況や歴史、人々にたくさん思いを馳せて、珠洲市への思い入れが強くなりました。持続可能な社会をつくっていくために大切なのは、自分の考えを持てることだと思います。私にとってアートは、自分が作って表現するだけのものではなくて、だれかと共有していっしょに考えるためのもの。chart projectはその感覚に近いプロジェクトだと思います」(日下部さん)
珠洲市長からのメッセージ
珠洲市の可能性である交流人口の拡大について、個性的な感性で表現していただき、ありがとうございます。この素敵なアートを通して、市民の皆様をはじめ、多くの方が珠洲市や日本、そして世界の未来を考え、SDGsの達成に向けた具体的な行動につながることを願っています。
能登SDGsラボ 高さんからのメッセージ
珠洲市民にとって“お祭り”は大切な存在です。「キリコ祭り」の作品に隠されているのは珠洲市への観光入込客数。北陸新幹線の開業や奥能登国際芸術祭の開催などで、近年は回復の兆しが見えています。地域の人たちが繋いできたこのお祭りをこれからも大切にし続けること、それを見に来る人が増えること、結果として地域経済の活性化につながってほしいと思います。